面談から帰ってきて、引っかかっているのは言葉のほうだった。そういうことがあります。

説明そのものは丁寧だった。担任の先生も学年主任も、時間をとってくれた。ただ、最後まで「いじめ」という言葉は出てこなかった。使われていたのは、トラブル、けんか、行き違い、じゃれ合い。

その場では流してしまい、家に帰ってから、あれは何だったのだろうと思う。

言い換えに使われやすい言葉

学校からの説明でよくうかがうのは、この辺りです。

  • トラブル:当事者が複数いて、どちらにも言い分がある出来事
  • けんか、いさかい:双方が同じように手を出したという見方
  • 行き違い、すれ違い:誤解から生じたもので、悪意はなかった
  • じゃれ合い、ふざけ合い:遊びの延長であって、攻撃ではない
  • からかい:言った側には軽い気持ちしかなかった

言葉はばらばらですが、指している方向は似ています。どちらにも原因がある。そして、大ごとではない。このどちらか、あるいは両方です。

「いじめ」という言葉には、一方から他方へ向かった行為だという意味が入っています。言い換えは、そこを外します。

呼び方が変わっても、変わらないこと

いじめ防止対策推進法2条1項の定義に置かれているのは、3つだけです。一定の人的関係にある他の児童等が行った行為であること。心理的または物理的な影響を与える行為であること。その行為を受けた側が、心身の苦痛を感じていること。条文そのものはいじめの定義とは|「ふざけていただけ」と言われたときに立ち返る条文に引用しました。

学校が何と呼ぶかは、ここに入っていません。行為をした側の意図も、回数も、けがの有無も入っていません。

「双方に言い分があります」も同じです。双方に行為があったのなら、それぞれの行為について要素を満たすかを見ていくことになります。片方の行為が、もう片方の行為によって消えるわけではありません。

呼び方が変わったからといって、法律上のいじめでなくなるわけではない。ここは動きません。

呼び方が変わると、変わること

動くのは、学校の中での扱われ方のほうです。

同法23条2項は、通報を受けたときのほか、在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときにも、速やかにいじめの事実の有無の確認を行うための措置を講ずるものと定めています。思われるときで足ります。まず確認して、それからいじめかどうかを判断する。順序はこちらです。

ところが、はじめにトラブルとして整理されると、この順序が入れ替わることがあります。いじめではないと先に決まっているので、確認すべき対象がなくなる。双方から一度ずつ話を聞いて、仲直りをさせて、終わりになる。

私がご相談で見聞きする範囲の話だけではありません。こども家庭庁と文部科学省が2025年11月にまとめた「いじめの重大化を防ぐための留意事項集」は、重大事態の調査報告書を分析しています。そこでは、訴えを「よくあること」「じゃれあい」「お互い様」と受け止めた初期対応や、「いじめ」という言葉を避ける学校の風土が、いじめの長期化や重大化につながった例として挙げられています。

記録の残り方も変わります。校内でトラブルとして記録されたものは、後から経過をたどるときに、いじめの記録としては出てきません。担任が替わったときに引き継がれるのは、残っているほうです。同法28条の重大事態に当たるかを判断する場面でも、それまでに何がどう記録されてきたかが前提になります。仕組みはいじめの「重大事態」とは何かに書きました。

言葉を使わない指導が認められている場面

学校が「いじめ」という言葉を使わないこと自体が、いつも問題になるわけではありません。

文部科学省の「いじめの防止等のための基本的な方針」は、好意からした行為が意図せず相手を苦しめてしまった場合や、軽い言葉で相手を傷つけたけれど、すぐに謝って先生の指導がなくても良い関係に戻れた場合などには、「いじめ」という言葉を使わずに指導するといった柔軟な対応もできる、としています。

ただし、同じ箇所に続けて、その場合でも法が定義するいじめに当たるので、事案を学校いじめ対策組織(同法22条)に情報共有することは必要だ、と書かれています。

言葉を使わなくてよいのは、子どもへの指導の場面です。学校の中で情報を共有し、組織として把握することまで省いてよいとは書かれていません。確かめたいのは、そちらです。

呼び方を争わない

ここからは私の考えです。

「これはいじめです」と学校に認めさせることを最初の目標に置くのは、あまりお勧めしません。認定を求めると、学校の側は身構えます。認めた瞬間に何かが確定してしまうように感じるからだと思います。そして話は、あの出来事を何と呼ぶかという一点に集まっていく。そこで何か月も止まってしまったというご相談は、珍しくありません。

代わりに、聞き方を変えます。

  • 事実の確認は行われたか。誰から、いつ、何を聞いたか
  • 学校いじめ対策組織に、情報が共有されているか
  • 確認の結果、学校としてどの事実を認めているか
  • 認めた事実について、これから誰が、いつまでに、何をするか

呼び方は聞きません。事実の確認と、そこから先の措置だけを聞きます。23条が学校に求めているのはそちらであって、呼称ではないからです。

確認された事実が積み上がると、呼び方のほうが後から追いついてくることがあります。追いついてこなくても、必要な措置がとられているのなら、それで足りる場面もあります。

事実確認そのものが始まらない場合は、学校が動いてくれないときにできることに、伝える先を変える方法を書きました。

こちらの言葉も、事実に置き換える

言い換えの話は、保護者の側にも当てはまります。

「いじめられています」とだけ伝えると、学校が受け取るのは評価です。評価は、別の評価で返せます。「双方に言い分があります」がそれです。

事実で伝えると、返し方が変わります。何月何日の何時ごろ、どこで、誰が、何をしたか。子どもが何と言ったか。その日に休んだか、眠れていたか。ここに並ぶ一つひとつは、確認するか、しないかしかありません。何を残しておくとよいかはいじめに気づいたとき、まず残しておきたい記録にまとめました。

「いじめ」と書かずに事実だけで伝えても、手続きの上で不利になることはありません。重大事態の申立てについても、国のガイドラインは、人間関係が原因で心身に変化が出ている、という訴えのように「いじめ」という言葉を使わないものを含めています。

お子さん本人のことばは、こちらで整えずに、言ったとおりに書き留めてください。要約すると、いちばん強い部分が落ちます。

法律の場での呼び方

学校の外に出ると、呼び方はまた変わります。

相手方のご家庭に損害賠償を求める場面では、いじめという言葉は使いません。民法709条の不法行為に当たるかどうかを、行為ごとに見ていきます。学校や設置者の責任を問う場面では、安全配慮義務や、国家賠償法上の違法性といった枠組みになります。

法律上のいじめに当たることと、不法行為になることは、同じではありません。いじめ防止対策推進法のいじめに当たっても、ただちに不法行為になるわけではなく、社会通念上許される限度を超える場合に限って不法行為になる、と判断した裁判例があります(東京地裁令和3年12月27日判決)。いじめの定義は、受けた側が苦痛を感じているかを中心に広くとられています。賠償を求める場面では、行為の内容と程度があらためて問われます。

行為の内容によっては、暴行罪、傷害罪、恐喝罪、強要罪、名誉毀損罪、侮辱罪などに当たりうるものが含まれることもあります。当たるかどうかは、何がどこまで確認できているかによります。刑事の手続きに乗せるかどうかは、それとはまた別に考えることです。

呼び方が変わるのは、求める相手と手続きが変わるからです。同じ出来事でも、学校に事実確認を求めるのか、相手方に賠償を求めるのかで、立てるべき言葉が変わります。

ご相談で扱えること

  • 学校から受けた説明を、条文の要素に当てはめて確認する
  • 学校に伝える内容を、評価と事実に分けて書き直す
  • 事実確認の状況について、学校に何をどう聞くかを整理する
  • 学校への申入書を作成する、面談に同席する

「いじめと言ってもらえなかったが、納得できていない」という状態のままで構いません。呼び方が決まらないうちでも、確認すべき事実と、求められる措置は整理できます。

対面・電話・オンラインでのご相談は30分5,500円(税込)、メールでのご相談は初回無料です。学校からどう説明されたかを、覚えている範囲でお聞かせください。